東京高等裁判所 昭和53年(行ケ)136号 判決
本件審決にこれを取消すべき違法の点があるかどうかについて考える。
成立について争いのない甲第二号証(補正前の発明に係る特許出願公告昭四四―一二九〇九号公報)によれば、補正前の発明の明細書の特許請求の範囲の記載は、事実摘示第二、二、1記載のとおりであることを認めることができ、審決(成立について争いのない甲第一号証)は、右記載中、「傾斜部間の適宜の平らな表面」なる文言は、『文理解釈上、「傾斜部間に平らな表面が存在することを前提とし、その平らな表面の形状が適宜である」と解するのが相当であつて、』この文言を『「傾斜部間に適宜に平らな表面を設ける」のように解することは到底できない。』と述べていることが認められるところ、審決の右認定は、正当なものとしてこれをそのまま是認することができる。
原告は、国語辞典(成立について争いのない甲第五号証)により、「適宜」には、「(1)その時その時にちようど適していて程よいこと。(2)各自がよいと思うようにすること。随意。しかるべく。」の意があり、「適宜」は「適宜の」という連体修飾語としては、右(1)、(2)のいずれの意味でも使用され、(2)の意味で「適宜の行動をとる」と使われた場合は、行動しないという不作為も含まれることになるから、本件の場合「適宜の平らな表面」なる文言を、平らな表面を設けることは任意である、すなわち、傾斜部間に平らな表面を設けるか設けないかは任意であるとの意味を表わすものとすることは自然であるとの趣旨を主張する。
しかしながら、「適宜」なる語に原告が主張するような二様の意味があるとしても、「適宜」の語に「の」という助詞をつけるか「に」という助詞をつけるかによつて、それらが構成する語の意味合いに差異が生じて来るというべきであり、原告の主張する「適宜の行動をとる」という語がなんらの行動もしない意味をも含むものとは解されないのみならず、本件補正前の発明の特許請求の範囲の記載は、「前後部の傾斜部とこれらの傾斜部間の適宜の平らな表面とにより構成して成る」というものであつて、いかなる意味においても、それを平らな表面はなくてもよいというように解釈することはできないものといわなければならない。
原告は、補正前の発明の特許請求範囲の記載は対応する米国特許第三三九九八〇三号明細書を翻訳したものであり、右米国特許明細書中「適宜の平らな表面」に相当する語は「平らな表面を設けるのは任意である」との意味を有すると主張する。
甲第二号証(補正前の発明の特許公報)によれば、本件発明は右米国における特許出願に基づく優先権を主張して特許出願されたものであることを認めることができるが、優先権を主張して特許出願されたからといつて、その出願に係る発明の内容を最初の出願の発明の内容と全く同一に解さなくてはならないということはない(パリ条約第四条H参照)から、原告の右主張は理由がない。
原告は、また、特許請求の範囲に記載された技術的事項の理解にあたつては、その裏づけをなす発明の詳細な説明の記載や図面などを参酌し、その結果、特許請求の範囲の表現が妥当でないと解釈される場合には、これに拘泥することなく発明の要旨を認定すべきであり、補正前の発明の明細書の発明の詳細な説明の項には、キヤツプ成形用ピンについてのものではあるが、これにより成形される本件発明のカプセルも扁平な表面を設けることは任意であることをうかがわせる記載があるほか、明細書のどこにも「平らな表面」は不可欠の要素である旨の記載はないから、特許請求の範囲でいう「適宜の平らな表面」とは平らな表面を設けることは任意であることを意味していることは疑う余地がないと主張する。
しかしながら、前説明のとおり、特許請求の範囲中の「前後部の傾斜部とこれらの傾斜部間の適宜の平らな表面とにより構成して成る」との意味は、本件発明に係るカプセルには、傾斜部と、傾斜部間に平らな表面があることを発明の要旨とするものであることは明らかであり、平らな表面の存在についての疑義はないから、その点につき明細書の発明の詳細な説明や図面を参照する必要はない(もつとも、被告は「傾斜部間の適宜の平らな表面」なる文言は、傾斜部間に平らな表面が存在することを前提とし、その平らな表面の形状、大きさが適宜であるの文意を表わすことは疑問の余地がない、と主張するが、円筒形のカプセルにおいて、「前後部の傾斜部とこれらの傾斜部間の適宜の平らな表面とにより構成して成る」という場合には、その表面の形状は平らなものしかなく、従つて形状が適宜であつてもよいとはいえず、適宜であつてもよいのは円筒の長さ方向に沿つた平らな表面の長さだけということになる。)。補正前の発明が未だ出願公告をすべき旨の決定の謄本が送達されていない段階においてなら、原告の主張するような明細書中の記載により、特許請求の範囲を平らな表面の存在は任意であるというように補正することは許される(特許法第四一条参照)であろうが、本件補正前の発明は既に出願公告までされているのであるから、これを右のように平らな表面の存在は任意であるというように補正することは、審決のいうとおり、実質上特許請求の範囲を拡張するものであつて許されないものといわなければならない。
以上のとおりであつて、原告の昭和四六年三月一五日付の手続補正を却下した決定を是認した審決の判断に誤りはない。
しかして、補正前の発明は引用例と同一であるとした審決は正当であると認められるから、審決を違法としてその取消を求める原告の請求を棄却する。
〔編註〕 本件における発明の要旨は左のとおりである。
1 補正前の発明の要旨
それぞれ側壁と開いた端部及び閉じた端部を持つ大体円筒形の互いに抜き差し自在に接合した互いに同軸のキヤツプ部分及び胴体部分を備え、前記キヤツプ部分の内側壁にこの側壁から半径方向内方に延び前記胴体部分が前記キヤツプ部分内で部分的に鎖錠した位置に部分的に入ることができるのに充分なだけ小さいが前記胴体部分が前記キヤツプ部分内で充分に鎖錠した位置に入り終わることができるのに充分なだけ大きい穴を仕切る円周方向の環状の山形の突出部を形成し、この突出部の輪郭を三角形にして低い山形の前後部の傾斜部とこれらの傾斜部間の適宜の平らな表面とにより構成して成る、硬い殻を持つカプセル。
2 補正後の発明の要旨
それぞれ側壁と開いた端部及び閉じた端部を持ち大体円筒形の互に抜き差し自在にはめ合わせた互に同軸のキヤツプ及びボデイーを備え、前記キヤツプの内側壁にこの内側壁から内向きに延び輪郭が山形で約10°までの小角度の前後の傾斜部と場合によつてはこれら傾斜部間の平らな表面とから成り前記ボデイーが前記キヤツプ内で部分的に鎖錠した位置に部分的に入ることができるのに充分なだけ小さいが前記ボデイーが前記キヤツプ内で充分に鎖錠した位置に入り終ることができるのに充分なだけ大きい穴を仕切る円周方向環状の傾斜突出部を形成し、自動浸漬成形機械で製造できるようにした耐分離性の硬い殻を持つカプセル。